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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)6504号 判決

原告(反訴被告)

東淡信用組合

右代表者

的崎紋次

右訴訟代理人

荻矢頼雄

外五名

被告(反訴原告)

株式会社

平和製作所

右代表者

山田喜之

右訴訟代理人

近藤正昭

外三名

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金三億円及び内金一億円に対する昭和五一年一二月二五日から、内金二億円に対する同五三年二月一四日から各支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴・反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は主文第二項に限り、被告(反訴原告)において金五〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 被告の原告に対する債務名義として本訴請求の趣旨1記載の公正証書が存在し、それによると、次の如き要旨の記載がある。

(1) 原告は保証人として、昭和五一年一〇月一日現在でフィリッピン興産株式会社(以下フィリッピン興産という)が被告に負担する別紙手形目録記載の約束手形一二通(以下本件手形という)に基づく手形金債務につき、フィリッピン興産と連帯して履行の責に任ずる(以下本件保証という)。

(2) 原告が右債務の履行を遅滞したときは、ただちに強制執行を受けても異議がないことを認諾する。〈以下、事実省略〉

理由

一本訴請求原因1の事実並びに反訴請求原因1及び同4(二)並びに同5の各事実、すなわち、栄晶が本件手形を昭和五一年九月一六日にフィリッピン興産に対して振出したこと、同日原告がフィリッピン興産に対し、栄晶の本件手形債務につき連帯保証をするとともに、同年一〇月一日、原告が被告に対し、フィリッピン興産の被告に対する本件手形債務につき連帯保証したこと、原告の被告に対する右連帯保証及び強制執行認諾を内容とする本件公正証書が存在していることは、当事者間に争がない。〈証拠〉によれば、被告が本件手形をフィリッピン興産から譲受け、これを所持していること、フィリッピン興産は、本件手形の裏書に当り拒絶証書作成義務を免除したこと、本件手形のうち別紙手形目録(一)ないし(四)の手形は、支払期日に支払場所に呈示されたが、支払を拒絶されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

もつとも、本件手形のうち別紙目録(五)ないし(一二)の手形が支払期日に支払場所に呈示されたこと、ないしは、被告が栄晶に対し、右各手形を支払期日以降に呈示したことは、これを認めるに足りる証拠はない。

二次に、フィリッピン興産が原告の組合員でないことは、当事者間に争がないところ、本件公正証書によれば、原告が非組合員たるフィリッピン興産の債務につき、被告に対し連帯保証をした旨の記載があるが、後記三3(1)で認定のとおり、原告が右保証に至つた経緯からすれば、その記載にかかわらず、右保証は、実質的に栄晶のためになされたものであると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三そこで原告の主張する本件各保証の無効原因について判断する。

1  原告は、本件各保証が原告の目的の範囲外の行為として無効であると主張する。

原告が協同組合法に基づいて設立された信用組合であつて、その行う事業につき規定する同法九条の八の一、二項と同一の事業を、定款に目的事業として掲げていること、本件各保証については、栄晶に対する求償権の確保のために不動産が担保として徴求されていることは当事者間に争がない。

ところで、法人の行為が当該法人の目的の範囲内に属するかどうかは、原告のような営利を目的としない法人にあつても、その行為が法令及び定款の規定に照して法人としての活動上必要な行為でありうるかどうかを客観的、抽象的に観察して判断すべきところ、これを本件についてみるに、原告の事業目的は組合員に対する金融業務であるから、その組合員のために組合員の負担する債務につき保証することは、その事業に附帯する業務(協同組合法九条の八の四号)としてその目的の範囲内に属し、有効であると解すべきである。

もつとも、原告主張の大蔵省銀行局長通達の一部改正通達(昭和四七年二月五日蔵銀第二二九号)によれば、信用組合が担保を徴求して債務保証をするには、当該組合に対する預金及び定期積金、または支払準備資金となる有価証券を担保とする場合に限る旨を定めていて、本件のような不動産を担保とすることは認められていない。しかしながら、右の通達は、信用組合の堅実な運営を期するための指針であつて、関係職員らがその拘束を受けることは当然としても、法令の解釈上、不動産を担保とする保証が是認されないとの趣旨まで含むものとは解しがたい。それ故、証人中谷慶二の証言のうち、前記説示に反する部分は採用できない。

従つて、本件各保証が原告の目的の範囲外として無効であるとの主張は、失当として排斥を免れない。

2  次に、原告は、本件各保証が非組合員であるフィリッピン興産ないし栄晶のためになされた目的違反行為として無効であると主張する。

(1) もつとも、本件保証がフィリッピン興産のためになされたものでないことは前記二の説示のとおりであるから、まず栄晶が組合員であるか否かの点につき検討する。

原告が兵庫県津名郡及び神戸市を地区とし、地区内における組合員の相互扶助を目的としていることについては、被告において明らかに争わないから自白したものとみなすべきである。そして原告の組合員資格については、協同組合法八条四項に制限規定が存することはいうまでもない。

ところで、〈証拠〉を総合すると、原告は、定款に右法条と同旨の組合員資格に関する規定のほか、加入手続を定めていること、栄晶は、大阪市に本店を有する不動産業者であるが、昭和五一年三月初旬頃、原告との取引を希望し、原告もこれを受け入れることにしたため、原告の地区内である兵庫県津名郡に支店登記をするとともに、出資を含めて原告所定の加入手続を了し、普通預金口座を設けて原告との取引を始めたこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実のほか、栄晶が右支店登記に符合する事業を営んでいたと認めるに足る資料はないのであつて、原告との取引をするための方便の感を深くするのであるが、それにしても原告の代表理事中谷は、そのことを承知のうえで加入手続をさせて、預金を受入れ、担保を徴して取引をしていることに鑑みるなら、栄晶をなお原告の組合員というに妨げないというべきである。

(2)  ところで、原告に対する預金総額が三〇億円程度であり、原告主張の法条に準拠した原告の一組合員に対する貸出限度額が、自己資本約一億二〇〇〇万円の二〇パーセントに相当する約二四〇〇万円であることは、被告において明らかに争わないから自白したものとみなすべく、また、原告が栄晶に対する債権の担保として本件保安林につき極度額一〇億円の根抵当権の設定を受けていることは、当事者間に争がない。そして、後述のように本件保安林の担保価値は極めて低いにもかかわらず、本件保証の額は、前述のとおり、法によつて定められた原告の貸出限度額をはるかに超えたものである。以上の事実によれば、確かに本件各保証は栄晶の利益になるだけで原告の信用のみならず資産を危くし、一般組合員の保護を損う危険性を含んでいるといわなければならない。しかし、当該法人の目的は客観的、抽象的に考えられねばならないことはさきに説示したとおりであり、この観点にたてば、担保の目的物の価値や保証額に問題が存することを根拠として、本件各保証が目的の範囲を逸脱している否かを論ずるのは筋違いというほかない。

(3)  以上考察のとおりであるから、実質的に栄晶のためにした本件各保証が原告の目的に反するとは認め難く、この点の原告の主張も理由がなく採用できない。

3  原告は、本件各保証が原告の代表理事の権限濫用行為として、民法九三条但書の類推適用により無効であると主張する。

なるほど所論のように、原告の代表理事がその権限を踰越または濫用して、本件保証の如き行為をしたとして、相手方がそのことを知り、または知りうべかりしときは、民法九三条但書の類推適用によりその代表理事の意思表示を無効とするのが相当である。

(1)  そこで、先ず本件各保証が原告の代表理事の権限踰越または濫用行為に該当するか否かについて検討する。

原告の事業地区や預金受入れ額などは、既に説示のとおりであるところ、本件各保証がなされた当時、中谷慶二が原告の代表理事であつたことは当事者間に争がない。

〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

(イ) 昭和五一年三月栄晶の代表取締役であつた大江三郎、取締役であつた財津和男は、原告に五〇〇万円の普通預金をした後、原告の代表理事であつた中谷に融資を求めた。その際、右大江及び財津は、栄晶の関連会社である光洋土地開発株式会社が所有する兵庫県の保安林を国が買上げる予定であり、その代金のうち五億円を原告に預金できる予定であることを説明した。当時金融業界では預金獲得競争が熾烈を極めていた折柄、中谷は、この申込みに乗り気となり、預金額の増大を期待して栄晶との取引を承諾した。そこで、栄晶は、さきに説示の諸手続を経て原告の組合員となり、さらに一〇〇〇万円ないし一五〇〇万円の定期預金をした。

(ロ) 中谷は、同年四月ころ、大江らから兵庫県の保安林の買上を国に依頼する申請書や買上が真実である旨の国会議員の証明書、報告書、新聞等をみせられるとともに、国会議員にも面談した結果右兵庫県の保安林が同年九月中旬ころには国によつて買上げられる予定であるとの判断に達した。そこで、原告は、栄晶との信用組合取引を担保するため、兵庫県の保安林を含む本件保安林に、極度額一〇億円の根抵当権の設定をなした。もつともこれらの不動産、殊に保安林の本来の担保価値は、右極度額に見合うものでなく、極めて低いものであつた。

(ハ) かくして、原告は中谷が中心となつて、求められるまま栄晶に対し、同年三月末に一〇〇〇万円及び二〇〇〇万円を融資したのを初め、同年四月には、貸付審議会の議を経たうえ、二億円の融資を実行した。この二億円の融資は、前記通達の除外事由を考慮しても、一組合員に対する貸出限度額を遙かに上廻るものであつた。

(ニ) しかし、中谷は、栄晶の大江らが兵庫県の保安林の周辺地をも買取り、それらを含めて国の買収に応ずれば一層有利であるというのを信用し、原告として右買収資金の調達に協力することにしたのである。その協力方法として若干の経緯が介在するが、要するに栄晶が額面四億円といつた為替手形を振出し、原告がこれを引受けたのを皮切に、次いで栄晶振出の約束手形に原告が保証するということが繰返された。本件各保証もかかる趣旨のものであつて、中谷の一存により行なわれたものである。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

ところで、原告の右の如き保証がその業務の執行に該当することはいうまでもないところ、協同組合法三六条の二によると、組合の業務の執行は理事会が決することになつており、また原告の定款によつても中谷が一存でなしうることを肯認すべき定めは見出し難い。それに、さきに説示したことからも明らかなように、不動産を担保とする保証は内部的に禁じられており、もとより中谷もこの拘束を受くべき関係にある。

してみれば、本件保証は、中谷が原告の代表理事としての権限を踰越、濫用して行つたものと断ずるのが相当というべきである。

(2)  次に、原告がフィリッピン興産の債務について保証した相手方である被告において、中谷の権限踰越、濫用を知り、または知りうべき状況にあつたか否かにつき論を進める。

(イ) 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

先に認定した栄晶振出の四億円の為替手形は、宮崎鉄鋼株式会社で割引かれる予定であつたが、同社の宮崎春雄、宮津芳通らは、右手形を割引かずに流通においてしまつた。そこで、右手形の回収のために、原告が支払保証をする形で新たに約束手形を振出すことが繰返された。本件手形も右の経緯で振出されたものである。そして、本件手形の受取人であるフィリッピン興産の代表者土屋哲雄は、本件手形の割引を当初前記宮津芳通に依頼したが、同人に断われて被告に依頼することになつたものである。また、被告の割引金の送金先の口座には、架空名義が用いられていた。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(ロ) しかし他方、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。被告は、船舶の船尾軸系装置の製作設計を主業目とした会社であつて、年間税引利益は、昭和五〇年度で八〇〇万円、自由に動かせる現金は、平均して常時四、五〇〇〇万円、月によつては一億円の残が出るといつた規模であつた。ところで、被告の代表者長井は、前記土屋哲雄から本件手形割引の打診を受けた際、同人から、原告が本件手形を保証すること、原告は本件手形の振出人たる栄晶のために本件保安林を担保に徴していること、本件保安林は国によつて買収される予定であることを示す文書を示された。そこで、長井は原告の保証があるなら本件手形割引に応じてもよいと考え、その後、被告の従業員を原告方へ赴かせ、原告理事長室で、中谷に本件保証意思及び前記担保物件の存在を確認させた。そして、右確認がなされた翌日、本件公正証書が作成され、本件保証がなされたものである。

以上のとおりであつて、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(ハ) 以上(ロ)の認定事実によれば、被告として本件保証契約に際して通常必要な注意を払つているといつてよく、この事実に照らせば、前記(イ)の認定事実が存するとはいえ、被告が中谷の権限踰越、濫用を知つていたと推認することはむずかしく、また、未だ知りうべき状況にあつたと認めるには足りないというべきであつて、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(ニ) 右認定事実によれば、原告の栄晶の債務に対する保証につき、フィリッピン興産の土屋哲雄が前記認定の中谷の権限踰越、濫用の事実を知つていたか、知りうべき状況にあつたとしても、被告においてこれを知つていたか、または知りうべき状況にあつたとは認められない。

4  以上認定してきたところに従えば、被告の本件手形金の請求等が権利の濫用になるということはできない。

四以上のとおり、原告の主張する本件各保証の無効原因は、いずれも採用するに由なく、よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、一方、被告の反訴請求の主位的請求のうち、原告に対し、金三億円及び内金一億円に対する履行期到来後である昭和五一年一二月二五日から、内金二億円に対する履行期到来後で被告の反訴状が原告に到達した日の翌日である昭和五三年一二月一四日から各支払ずみに至るまで、手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める部分は理由があるので認容し、その余の部分は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(石田眞 島田清次郎 塚本伊平)

別紙〈省略〉

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